「そ…そうですよね。
河口に流れ着いて堤防の上から故郷の草地を確認した時には、
あまりに遠いと感じ、その場で途方に暮れました。
無事、辿り着けるか分からないので、
そう言ってもらえると嬉しいです。
この村にはおいしい食べ物も多いですし、
ちょうど今さっき滞在出来たら良いと考えていたところでした」
バレックが草の上から跳んで、僕の数㎝前に着地した。
「歓迎するよ、セイ君。
君がこの村にいると心強い。
少し前に村長が村民に話しているのを触角で聞いたんだが、
君は強いアゴだけでなく、良い触角と戦闘能力も持っているようだね。
村にいてくれたら、随分と安心して生活が出来るようになって大助かりだよ。
もちろん無理にとは言わないけどね。
故郷の仲間達に出会えなくなるのはつらいことだろうから」
僕の頭に故郷の2匹のバッタの顔が浮かんだ。
ショウリョウバッタのレイちゃんとイナゴのイナコちゃんの顔だ。
2匹とは翌日に跳ねあって遊ぶ約束をしていた―
「セイ君は今、選択の難しい岐路に立たされている。
この村を出発せずにとどまったら安全だけど、
故郷の仲間達には出会えなくなってしまう。
この村を出発したら、うまく行けば故郷に戻れるかもしれないけど、
距離があるため途中で朽ち果てる恐れが随分とある。
俺としては村の見回りを手伝ってほしいから、
この村にとどまってほしいところだけどね。
い…いかん、
そういえば見回りの途中だったんだ。
もう行かないと。
じゃあね、セイ君。
焦らずにじっくりと考えて決断してほしい」
バレックは言って飛び跳ね、
草むらの向こうに姿を消した。